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2008-05-09 Fri 23:42
ってタイトルは大げさで、ちょっとズレているけど。
昼、NTTさんが飛び込みでやってきた。 営業ってわけではなく、NTT東日本を騙る悪質な営業電話があるようで、 それの説明と、その他資料、パンフレットの配布。 正確な年齢まではわからないんだけど、もう白髪でけっこう年配の方なんだよね。 一般的な言い方として、いわゆる「おじいちゃん」って感じ。 こんな年配の方でも1件1件訪問し、私みたいな若造に頭を下げないといけないのかと、 なんとも言えない複雑な気持ちになった。 確かに若かろうと年寄りだろうと、顧客満足度を上げて売上げを伸ばすことになれば、 それは企業として立派な戦力なんだろうけどさ。 そう、昔感じたのと同じ感覚。 ・現実 http://kimiope.blog59.fc2.com/blog-entry-439.html - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 毎日会社から一定量の出荷がある。 利用しているのは、とある大手運送業者さん。 そこに、他の運送業者さんから話があり、 要は「ウチに乗り換えてもらえないか?」って打診な感じだった。 まあ、私が担当では無いので聞き耳レベルで聞こえた範囲だけど。 この業界も、シェアの喰い合いなんだよね。当然だけど。。 競争社会なんだから、喰うか喰われるかなのはわかっている。 1つのマーケットにA社とB社がいて、A社がシェアを伸ばせばB社のシェアは縮小する。 そりゃそうだ。小学生でもわかる。 でも、現在頼んでいる運送業者のおっちゃんはいい人で、 その営業してきた他の運送業者の兄ちゃんもいい人なのよ。 運送業者も個々人のドライバーで「ノルマ」ってあるんだよね、きっと。 乗り換えたら兄ちゃんはノルマ達成で昇給かもだけど、 逆におっちゃんはノルマ不達成になり減給になるのかもしれない。 "いい人"ってだけで儲かるなら、誰も苦労しないんだけどね。。 この辺りが、昔営業をやっていて感じていた"しこり"であり、 「営業職はやめよう」と思ったきっかけの1つでもあり、 今になっても未だに消えない、私が社会人としてまだまだ未熟であるところ。 生きていくって、なんだかいろいろ難しいよ。。 |
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2008-05-06 Tue 10:04
せっかく快晴の連休最後だってのに、喉が痛くてしゃべれない。。。
幸い、熱はたいしたことなさそうだし、咳もそんなに出ない。 ちと鼻タレ小僧なので、ティッシュが離せないのが辛いところ。 お腹も痛いけど、お腹壊しやすいのはデフォなので、まあこれは仕方ない。 … 日頃の行いのせいだろうか? イヤなことばっかりだ。ちくしょう。 悔しいから、悔しい画像を貼ってみる(謎 ![]() |
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2008-04-17 Thu 14:03
昨日は帰りがちょっと遅くなったんだけど、
かみさんはいつものように笑顔で「おかえり」と言ってくれた。 ついでに珠希も笑顔で「パパーおかえりー!」だと。よしよし。 もうね、全ての疲れが吹き飛ぶ瞬間。 朝起きるのは5:45くらい。始業より1時間早く着くけど、電車空いているからさ。 かみさんは毎日起きて朝飯を作ってくれる。 チビ2匹に囲まれて、ロクに寝られていないのにね。ありがとう。 … 昨晩寝ようと横になったが、1つの歌がグルグル回ってちょっと寝付けなかった。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 何も言えなくて…夏 綺麗な指してたんだね 知らなかったよ となりにいつもいたなんて 信じられないのさ こんなに素敵なレディが俺 待っててくれたのに 「どんな悩みでも打ち明けて」そう言ってくれたのに 時がいつか 2人をまた 初めて会った あの日のように導くのなら 2人して生きることの 意味をあきらめずに 語り合うこと、努めることを 誓うつもりさ 「私にはスタートだったの あなたにはゴールでも」 涙浮かべた 君の瞳に 何も言えなくて まだ愛してたから… もう2度と会わない方が いいと言われた日 やっと解った事があるんだ 気づくのが遅いけど 世界中の悩みひとりで 背負ってたあの頃 俺の背中と話す君は 俺よりつらかったのさ 時がいつか 2人をまた 初めて会った あの日のように導くのなら 水のように 空気のように 意味を忘れずに あたりまえの 愛などないと 心に刻もう 短い夏の終わりを告げる 波の音しか聞こえない もうこれ以上 苦しめないよ 背中にそっと 「さよなら……」 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 結婚したこと、夫婦でいること、子供がいること…。 どういうことなのか、うまく表現することができないけどね。。 いつもいる人、いつもしてくれること、いつも話しかけてくれること、、 最初はありがたく幸せに思うことでも、人間ってダメな生き物でさ、 やがてそれは"当然"であり、悪い意味での"空気"のように感じてしまう。 あって当然、してもらうのが当然、当たり前のなんでもない事。。。 朝起きれば食べ物があるのが当然。 夜帰れば食べ物があるのが当然。 部屋がきれいに掃除されているのも、着る物がきれいに洗濯されているのも、 冷蔵庫に飲み物があるのも、トイレットペーパーがあるのも、その他全てのことが当然。 別に夫婦間に限らず相手への感謝の気持ち、尊重、思いやる気持ちや愛する気持ち、 そういうのが薄れて傲慢になることが1番恐ろしく感じる。 中学生あたりで、誰もが1度くらいは強がったと思うんだ。 「親なんかいなくたって、別に平気だ!」とかってね。 そして暴言を吐き、心配と迷惑を掛け、それを幾度となく繰り返す。 まあこんなのは、若さから来る相手への意識の欠如に過ぎないけど。 でも"いい年"になってからでも、ふと気を抜くとそういう考えが忍び寄って来る。 人間って、そんなものなんだと思うんだよね。脆弱な存在。 そして、その自分の傲慢さに気づかず、相手を思う気持ちを取り戻せず… そうなったとき、その関係は終わるんだと思う。修復できないほどに。 "空気"ってのは"ある"のが当たり前で普段意識すらしないのと同時に、 それが無ければ誰も生きていけない。 そこをわからないと、自分も相手も不幸にするだけなんだろうね。 まだ壊れていないのなら、今すぐにでもそれを修復すべき。 壊れかけていても、自分の気持ちと態度次第で直ることだって大いにある。 けどね、もし本当に壊れたら、なにをどうやったって直らないんだよね。 だけど同時に、壊れないうちに直すことができるのも人間だと信じている。 |
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2008-04-14 Mon 13:30
まあ、「嫌われるのが好き」な人はいないだろうけど。。
こんなの見つけたんだよね。 ・話もしないのに携帯かけっ放し 最近の中高生は本当にこうなのか http://www.j-cast.com/2008/04/13018873.html 家に着いた途端彼や友達と通話しっぱなしにする。 しゃべらないで、ゴソゴソとか音だけを流してるぽい。 なんだろね? 特に会話をするまでもないんだけど、"繋がっている"という安心感を求めるんだろうか? えー、おじさんには意味がわかりません。。。 若い世代に限らずだろうけど、携帯依存ってのはすごく感じる。 -電車ではほとんどの人が携帯をいじっている。 -飯屋でも、携帯片手に黙々と食べている。 -友人だか知人だか知らんが、複数人で来ていても皆手元の携帯をいじっている。 こんなの見かけない??? 酷い話では、女子学生数人で喫茶店に行き、やはり皆で携帯をいじっているのだが、 実はその中の1人の悪口を、他のみんなで互いにメールしまくっていたとか…。 付き合い方が希薄で、当たり障りの無い友情で、 「ケンカをしてわかりあう」よりも「上手く流してその場を保つ」ことに 重きが置かれている、、 そんな感じなんだろうね、きっと。 いわゆる、心の奥まで通じる親友ってのではなく、 誰かが白と言えばみんなも白だというような、仲良しの集いという感じ。 もちろん一概に良し悪しつけれるもんでは無いし、 "親友"の定義だって怪しいもんだけどね。 こんなのも。 ・携帯電話依存症が4割 風呂でメールとかもうアホかと http://news4vip.livedoor.biz/archives/51149410.html ・今の若い人は人に嫌われたり一人になるのを恐れ、敵を作らぬ様に生きている。 http://news4vip.livedoor.biz/archives/51151334.html なんていうのかな? 顔色を伺うにも、なんだか"卑屈"な意味での顔色伺いに感じちゃったりする。 -メールが来たらすぐに返さないと嫌われるかも? -とにかく誰にも嫌われないようにしなくちゃ そんな意識が強い人がおおいのだろうか? 何でもかんでも自己を主張し、いつも周囲と衝突しているようじゃ、 それは単にコミュニケーションに問題があるだけになっちゃうけどさ、 自己を殺して迎合すること、周りに自分を溶け込ませることに意識しすぎ??? 何がいいのかわからないんだよね。 そりゃさ、個人的には自分が築いてきた"友人関係"のように、 別に毎日一緒に過ごすわけじゃないけど、でもどこかで互いに信頼しあっていて、 相手が喜ぶことを一緒に喜んで倍にして、辛そうなら一緒に解決するために努力して その辛さを半分にしてやれるような、そういう仲がいいと思う。 (文章じゃうまく書けねえよ!) けど、やがて珠希や麗香が大きくなり、周りがみんな下を向いて携帯を見ているなら やはり親としては携帯を買い与え、仲間に入れるよう考えるんじゃないかとも思う。 携帯って、昔のファミコンと違うからね。 ファミコンの時はさ、誰かの家にみんなで遊びに行ってワイワイ楽しんで、 そういう"空気を共有"する遊び方の1つだった。 けど携帯となると、それが無いともうそれは"空気を共有"する手段が無いワケで。。 何を言いたいのかうまく書けないし、うまく整理もできないや。 全然話題は変わるけど、珠希をフットサルに連れて行ったの。 まだボールを蹴ってどうこうできないけど、広いのが嬉しいのか走り回ってました。 やっぱり男の子なんだからね、汗だくになるまで運動しなくっちゃ! |
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2008-04-10 Thu 14:21
何度かちょくちょく書いたと思うけど、おいら、学生時代はギター部だった。
ロックやジャズではなく、クラシックギターね。 で、ウチの実家の目の前が「特別養護老人ホーム」でね、 どんな経緯だったか忘れたけど、そこで慰問コンサートをやろうという話を出し、 何人かの有志で何曲か弾いたのを覚えている。 今思うと、なんの悪意も無く「喜んでもらえれば」という気持ちではあったけど、 なんていうか、 ・老人ホームにしか居場所のない淋しく不幸な老人に元気を出してもらおう というような、ズレた考えが発端だったような気がして恥ずかしく思っている。 大げさに書けば、 -自分たちはわざわざ善意で行ってあげて -別に1円にもならないのに -練習に時間を掛けて演奏してあげる というような、"してあげる"という感覚というかなんというか。。。 あ、もちろんそこまで高慢な思いでやったんじゃないけどね。 でもどこかに -かわいそうな老人 というような気持ちがあったのは確かだったと思う。 ・慰問:病気・災害などで苦しみ悩んでいる人を訪ね慰めること。(goo辞書) やっぱり間違っていたよね、おいら。 別にみんな、「老人ホームに閉じ込められている不幸な人」なわけではない。 そこはそれぞれの老人にとっての"家"であって、おいらたちはあくまで その家にお邪魔させていただいて、余興でギターを弾かせてもらうってだけのこと。 コンサートホールに人を集めて弾くのとはワケが違うから、 当然ながら、静かに聴いてもらうことを強制させるようなものではなく、 逆に聴こうが聴くまいが勝手であり、本来そういうものなんじゃないのか、、 っと。 まあでも、その当時ここまでの考えはなかったけど、 高齢者を介護するということ、その介護している看護師たちの目、 そして、自由に動けないながらも笑顔を浮かべたり怒鳴ったりする高齢者たちを見て、 ほんのほんの、針の先ほどの一部ほどではあるだろうけど、 介護ってものがどんなものか理解し、初めて意識をした瞬間だった気がする。 … で、年取ったのか最近"前置き"が長いんだけど…。 ・怒りを感じた http://yurey.blog94.fc2.com/blog-entry-369.html 就職のために資格をとろうとしているなら、資格を取って欲しくない。 “何のため”に資格を取って働こうとしているのかみえないから。 福祉の世界は低賃金、ボランティア精神がないとやっていけない。 だからこの“何のため”が重要になる事を考えていないね、この質問者は。 Reyさんは、知的障害者支援施設で働いていらっしゃる(らしい)。 前述の老人ホームとは違うけど、でも"人を相手にする"ことは一緒。 きっと「資格」や「知識」だけでは通用しない世界なんだと思うんだよね。 もちろん、就職に有利な資格を取るのはいいと思うし、反論の余地は無い。 けど、就職のためだけの資格取得となると、どんな業界や業種であろうと、 それが"人を相手にする"仕事なら、なおさらうまくいかなくなるんじゃないかな? まあ、質問者がまだ若くて人生経験も乏しく、同時に今の景気の悪さも重なって 「就職する」ということに敏感になっている面もあるんだろうけどさ。。 やっぱり何事でも、それをすることの意味、理由を深く考えないとね。 ・オシャレで清潔感がありそうな"IT・Web企業"と言っても、 おいらのように同じような服ばかりで、オシャレとは無縁で、ガンダムバカで、 いろんなブラウザと睨めっこしたり、プリンタのトナー替えたり、 興味も無いブランドの特集ページ作ったりして、会社と家を往復するだけの毎日。 なんでこの会社にいるの? いてどうするの? 何をしたいの? 楽しいの? 別にここで答えは書かないけど、何かをするときってのは それの現実の姿と、それに付随してくるいろんな環境をちゃんと理解して、 だけどそれでもやるんだという"情熱"って必要だと思うんだよね。 それがある程度確立していないと、絶対に長続きしないし自分が不幸になる。 当然、同僚も上司も部下も取引先も、みんなハッピーではなくなっちゃう。 そういうのが無いままに就職した会社、おいら結局みんな辞めちゃったわけだし。。 また同時に、そういうのが無いままにきれいなことだけを想像していると、 実際にそのことをしている人に対して、ある意味失礼だしね。 Reyさんの怒りは、そういうところからのものがあるかもしれない。 "介護"ってさ、いつなんどき自分が"してもらう"立場になるかわからない。 雨で滑って腰骨折るかもしれないし、なんか降ってきて頚椎損傷するかもしれないじゃん。 万が一そんな時は、どうせなら"心意気"のある方に世話になりたいな、、 っと。 # 結局最後は自分勝手で締めくくる(笑 |




