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心意気
2008-04-10 Thu 14:21
何度かちょくちょく書いたと思うけど、おいら、学生時代はギター部だった。
ロックやジャズではなく、クラシックギターね。

で、ウチの実家の目の前が「特別養護老人ホーム」でね、
どんな経緯だったか忘れたけど、そこで慰問コンサートをやろうという話を出し、
何人かの有志で何曲か弾いたのを覚えている。


今思うと、なんの悪意も無く「喜んでもらえれば」という気持ちではあったけど、
なんていうか、
・老人ホームにしか居場所のない淋しく不幸な老人に元気を出してもらおう
というような、ズレた考えが発端だったような気がして恥ずかしく思っている。

大げさに書けば、
 -自分たちはわざわざ善意で行ってあげて
 -別に1円にもならないのに
 -練習に時間を掛けて演奏してあげる
というような、"してあげる"という感覚というかなんというか。。。

あ、もちろんそこまで高慢な思いでやったんじゃないけどね。

でもどこかに
 -かわいそうな老人
というような気持ちがあったのは確かだったと思う。


・慰問:病気・災害などで苦しみ悩んでいる人を訪ね慰めること。(goo辞書)


やっぱり間違っていたよね、おいら。
別にみんな、「老人ホームに閉じ込められている不幸な人」なわけではない。
そこはそれぞれの老人にとっての"家"であって、おいらたちはあくまで
その家にお邪魔させていただいて、余興でギターを弾かせてもらうってだけのこと。

コンサートホールに人を集めて弾くのとはワケが違うから、
当然ながら、静かに聴いてもらうことを強制させるようなものではなく、
逆に聴こうが聴くまいが勝手であり、本来そういうものなんじゃないのか、、 っと。


まあでも、その当時ここまでの考えはなかったけど、
高齢者を介護するということ、その介護している看護師たちの目、
そして、自由に動けないながらも笑顔を浮かべたり怒鳴ったりする高齢者たちを見て、
ほんのほんの、針の先ほどの一部ほどではあるだろうけど、
介護ってものがどんなものか理解し、初めて意識をした瞬間だった気がする。




で、年取ったのか最近"前置き"が長いんだけど…。


・怒りを感じた
 http://yurey.blog94.fc2.com/blog-entry-369.html

 就職のために資格をとろうとしているなら、資格を取って欲しくない。
 “何のため”に資格を取って働こうとしているのかみえないから。
 福祉の世界は低賃金、ボランティア精神がないとやっていけない。
 だからこの“何のため”が重要になる事を考えていないね、この質問者は。


Reyさんは、知的障害者支援施設で働いていらっしゃる(らしい)。
前述の老人ホームとは違うけど、でも"人を相手にする"ことは一緒。
きっと「資格」や「知識」だけでは通用しない世界なんだと思うんだよね。

もちろん、就職に有利な資格を取るのはいいと思うし、反論の余地は無い。
けど、就職のためだけの資格取得となると、どんな業界や業種であろうと、
それが"人を相手にする"仕事なら、なおさらうまくいかなくなるんじゃないかな?

まあ、質問者がまだ若くて人生経験も乏しく、同時に今の景気の悪さも重なって
「就職する」ということに敏感になっている面もあるんだろうけどさ。。


やっぱり何事でも、それをすることの意味、理由を深く考えないとね。

・オシャレで清潔感がありそうな"IT・Web企業"と言っても、
 おいらのように同じような服ばかりで、オシャレとは無縁で、ガンダムバカで、
 いろんなブラウザと睨めっこしたり、プリンタのトナー替えたり、
 興味も無いブランドの特集ページ作ったりして、会社と家を往復するだけの毎日。
 なんでこの会社にいるの? いてどうするの? 何をしたいの? 楽しいの?

別にここで答えは書かないけど、何かをするときってのは
それの現実の姿と、それに付随してくるいろんな環境をちゃんと理解して、
だけどそれでもやるんだという"情熱"って必要だと思うんだよね。

それがある程度確立していないと、絶対に長続きしないし自分が不幸になる。
当然、同僚も上司も部下も取引先も、みんなハッピーではなくなっちゃう。
そういうのが無いままに就職した会社、おいら結局みんな辞めちゃったわけだし。。

また同時に、そういうのが無いままにきれいなことだけを想像していると、
実際にそのことをしている人に対して、ある意味失礼だしね。
Reyさんの怒りは、そういうところからのものがあるかもしれない。


"介護"ってさ、いつなんどき自分が"してもらう"立場になるかわからない。
雨で滑って腰骨折るかもしれないし、なんか降ってきて頚椎損傷するかもしれないじゃん。
万が一そんな時は、どうせなら"心意気"のある方に世話になりたいな、、 っと。

# 結局最後は自分勝手で締めくくる(笑
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上下関係
2008-04-07 Mon 22:07
昨晩、布団の上にうつろに横たわりながら、なんとなくテレビを眺めてた。

なんかくだらないバラエティーとか多いよね。
そんなのより、なぜ消火器で聖火を消そうとしたりするのか、
チベットではなにが起きているのか、なぜ中国側とチベット側で発表内容が違うのか、
大気汚染問題について、日本にどれだけありえない態度を取っているのか、
そういったことを広く正しく伝えればいいと思うけどね。。

まあ、それはいいや。



みのもんたが出てたと思った。クイズ形式だったかな?
なんせボーッとしていたから記憶が定かではないんだけど、
今時の小学校で"消えたモノ"ってのをやってた。

・通信簿の5段階表記
・カエルの解剖
・土俵
・二宮金次郎像
・ブルマ
・教壇

こんなんだったかな?

通信簿は、各教科を単に数値での5段階にするのではなく、
さらに細分化して「よくできた」「できた」「がんばりましょう」なんだと。
バカ親による「ウチの子を数字で評価するな!」みたいな意見の対応ではなく、
詳細を明確にすることでモチベーションを上げ、前向きにさせる意図なら良いと思う。


解剖は、命を粗末にしているからだと。
どうだろね? 確かに全小学校が行えば、毎年何百万匹(?)という
カエルさんの尊い命が天に召されていくわけであり、それはそれで問題な気がする。

けど同時に、カエルのような人間と比べ下等な生物でも"生き物"であり、
心臓があり肺があり胃があり腸があり… そのへんのおもちゃの電池切れとは違い、
失われた命は2度と戻らないという、"命の尊さ"を目の前で学ぶ機会でもある気がする。

代替案として、教師1人が解剖を行うか、解剖ビデオを見せるか、
そういうのでもいいような気もするんだけどなぁ。。。


土俵(=相撲)は、体格差が顕著に現れるし怪我もしやすいからだと。
はい、これでまた国技離れが1歩進みました。

って冗談はさておき、怪我をしやすいのは確かだよね。
また、小柄な男が大男を倒すのは、格闘技の世界ではありえても子供同士じゃ無理。
そのあたりの"体格により事前に勝負が見えている"というのも、
小柄な子供からしたらイヤなもんだよね。おいらもイヤだったしさ。。


金次郎さんの像は、歩きながら本を読むのを真似ると危ないからだと。
いや、まあ、、 そりゃそうなんだけど、、、
もうちょっとさ、その表面的なことじゃなくて意図を汲み取り子供に伝えようよ。。。

まあ学校側、保護者からしても、"万が一"のリスクでも排除したいんだろうけど。


ブルマが無くなったのはけっこう前からじゃん?
そう、ブルマ世代だったおいらは勝ち組!




で、最後に教壇。今までのは、これについて言いたいがための前置き。

いやね、「生徒と教師を同じ立場にするため」の教壇の撤廃なんだって。
古い考えの人間なのかもしれないけど、これには酷く違和感を覚えた。
"撤廃"自体への違和感ではなく、撤廃となった"理由"への違和感。

だってさ、教師と生徒は対等じゃ無いじゃん。
それぞれが"同じ人間"という意味での上下があってはならないけれど、
学校の教室での授業という状況で、知識を与える目上で経験豊富な人間と、
知識を与えられる目下の経験不足で未成熟な人間が、立場違うのは当たり前じゃんか。


なんか、"人権だ"とか"権利だ"とかって風潮が、行き過ぎてる気がする。
「人権と権利」を装った身勝手と利己主義と他人への攻撃。

 -違法駐輪をしながら「どこに止めようと自由だろ」と開き直る。
 -「患者の権利だ」と叫びながら医師を大声で罵倒する。
 -「ウチの子は○○だから」と教師にに無理難題を当然のように押し付ける。
そういう"ヤクザのいちゃもん"と同レベルな感じで、
「教師が壇の上から子供を見下すとは何事だ!」なんてクレームでもあったのではと、
なんだか変な想像をしちゃうんだよね。。。


人間として、いや、生物として本来全て平等であると思う。
それこそ「ミミズだって オケラだって アメンボだって〜」という歌の通りにね。

けど、社会の中で、それぞれの人間の立場は同じではない。
新入社員が、入社日にその企業の社長に
「よお、元気? 今日からよろしくね。まあ、足引っ張んないよう頑張るよ。」
なんて言ったら、その日が退職日になっちゃうでしょ。

それは極端にせよ、全ての他人は尊敬の念を持って接するべきと考えている。
いろんな意味での先輩、目上の人なんかは特にね。

あ、電車の地べたに座っているような、恥知らずのクズどもとかは除くけど。


まだ小学生であればなおさら、「先生と生徒は立場が違う」ということを
ちゃんと理解できるような環境であるほうがいいと思うんだ。
歪んだ権威主義とは違う、常識としての目上との関係を養うのって大事だと思う。

おかしな方向で「人権と権利」の解釈を進めちゃって、
うわべだけの「先生と生徒は友達みたいな仲」なんてのを目指しちゃってさ、
そういうのが「学級崩壊」とかの原因の一端になっているのではないかと。。。



以前、運動会とかの順位付けを無くすとかって記事に関して書いたことがある。

・差別とはナニ?
 http://kimiope.blog59.fc2.com/blog-entry-315.html

ちょっと違うけど、でも通じる物があると思う。
人間なんて、みーんな立場が違う物。現実として仕方ないし、それが社会。
家では親子という関係があり、学校では先輩後輩という上下があり、
社会に出ればそれこそいろんな意味での強者と弱者がひしめいている。


小さいうちからあんまり極端に「平等意識」みたいなのに染めないでさ、
現実的な主従関係、上下関係とかを現実的に理解させたほうがいいと思うんだ。
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気に入らない
2008-03-21 Fri 18:57
昨日の夜さ、若年性アルツハイマーのテレビをやっていた。
その患者さんの家族に密着取材で、実際のところどんな生活なのか、、 と。
チビ2匹のおかげで落ちついて見られなかったから、断片的にしか覚えてないけど…。

以前、「明日の記憶」ってのを見たけどさ、やっぱりあれもきれいな部分だけなんだよね。


米をとぐことは身体が覚えていても、次になにをすればいいかわからない。
炊飯ジャーの蓋の閉め方すらわからない。
数字も読めなくなれば、自分の名前を書くことすらもできなくなる。
自分の子供の写真を見ても、それが一体誰なんだかわからないし、
目の前にいる家族が誰なのか、なんでここにいるのかもわからなくなっていく。。。

今回の取材に関しても、スタッフは毎日自己紹介をし、毎日取材の意図を説明する。
出かけるにも、「どこに行くのか」「なぜ行くのか」を交互に質問の繰り返し。

前に書いたことだから割愛するけど、記憶が消えていくのって本当に辛いと思う。
目の前に愛する人がいるのに、それが誰だかわからない、
家族からしたら、自分を誰だかわかってくれない辛さ。口じゃ説明できないよね。


勝手な想像だけど、いろんな葛藤があると思うんだ。
まだ病状が進行していないうちは、なんとか進行を食い止めよう、
自分の家族を忘れないようにしようと、それこそ必死で1分1秒が何よりも重いと思う。

だけど、どうしても進行していく中、昨日できたことが今日はできず、
昨日は覚えていたことが今日は思い出せず、
記憶と思い出は減っていくのに、自分の病状の進行は自分でも手に取るようにわかる。

だったらもっと症状が進行して、"記憶が無くなっていく"こと自体を"忘れる"ほうが
いっそのこと悩むことも無くて楽なんじゃないのか? …とか。

いや、もちろんおいらのような"部外者"に、本人や家族の方の気持ちなど
わかるわけがないんだけどさ、なんとも胸が苦しく切なくなる。



もし自分が発症したら?
もしかみさんが発症したら?

いろんな思いが巡るけど、それはここには書かずにしまっておこう。




1つだけ、すごく気に入らないことがあった。
徳光氏が直接家族と話をして、やがて泣き崩れていた。

巨人が勝っても負けても泣くのは別に構わない。
おいらだって、好きなスポーツや応援してるチームの勝敗で涙が出ることはある。


けどさ、誰よりも辛く、誰よりも耐えて、誰よりも頑張っている家族の前で、
たかが少し話をしただけで涙を見せるんじゃねえよ、と。

かみさんも言っていた。
「泣きたいのはこの人じゃなくて、本人と家族なのにね。
 なんでその家族の前で泣くんだろうね、この人。」
と。


取材に行くなら、絶対に涙を見せない覚悟で行くべきだと思うし、
それができないのなら、会いに行くべきではない。そう思う。

映像をスタジオで見ながら涙するのはいいよ。
だけど、実際の家族の前に行って、"軽々しく"泣くんじゃ無いと思った。
どれだけ本人は苦しんだのか、どれだけ家族は悩んだのか、
そして、半年後、1年後の生活がどんなものかもわからない不安。

そのくらい想像できるだろうに、なぜその家族の前で泣き崩れるのか。



医師が、あと5年で新薬ができるとか言っていた。
病気で動物が死ぬのは自然淘汰であり仕方がないんだけどさ、
でも、こういう辛いことが少しでも減らせる薬なら、ぜひ早くできて欲しいと思う。
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老人が老人の命を奪わなければいけない国
2008-03-12 Wed 15:21
なんかもう、どうにも解決や改善できないことなのかな… とブルーになってくる。
"高齢化社会"と一言では片付けられない、今の社会の空虚さを感じてしまう。


・認知症の妻殺害した85歳夫に猶予刑 神戸地裁尼崎支部
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080312-00000921-san-soci

 認知症の妻の首を絞めて殺害したとして、橋本幸夫被告に対し
 懲役3年、執行猶予5年を言い渡した。
 犯行当時、被告は大腸がんの疑いがあると診断されたばかりで、
 警察の調べに「先に自分が死んだら、残される妻がふびんだと思った」と供述していた。

 裁判長は「被害者を1人で介護していこうという強い責任感が判断を誤らせた」と指摘し、
 「残忍で計画的な犯行で正当化される余地はないが、動機は理解できないものではない」
 と述べた。
 また「被害者の親族も被告人の献身的な介護に感謝し、
 寛大な処分を求める嘆願書を提出している」などとした。



以前にも似たような悲しい出来事があったよね。

認知症の母親の介護で生活苦に陥り、母と相談の上で殺害したというもの。
片桐被告は母を殺害した後、自分も自殺を図ったが発見され一命を取り留めたとの事。

・「美しい国」
 http://kimiope.blog59.fc2.com/blog-entry-421.html

無論おいらは当事者や近い関係じゃないから、軽々しくモノは言えないけど。
でも、とても重荷である"介護"っていう問題を、1人で抱えてしまって行き詰る。

被告がどんな施設、親族、知人友人に、どれだけの相談や援助を求めたかは知らない。
手を尽くした上で選んだ道なのか、最初から1人で抱えてしまったのかわからない。

なんにしても、こんな悲しいことって無いと思うんだよね。。

たまにテレビでも、受給できる年金では家賃にしかならず、
道端の草を煮て食べている老人、病院にも行けない老人が映し出されている。


「経済的な格差」って、仕方ないと思う。金持ちがいれば貧乏人もいる。
暖かく広い家で、毎日食べきれないほどの贅沢料理を目の前にする人もいれば、
狭く隙間風で寒く、その日の晩飯にも苦労する人だっている。これは仕方ない。

けどね、老人が老人を殺すような社会ってどうなんだろうね。。
考えて悩んで苦しんで、それでも出てきた答えが
「愛する人を自分の手で殺すこと」が最善と思うような日本って、どうなんだろうね。。

すごく悲しい、イヤな気持ちで胸がつかえる。
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嫌なこと
2008-03-05 Wed 13:52
例によって箇条書き。
浮かんだまま整理せずに書くから、きっとぐちゃぐちゃな文章。


1:コンビニで、ビニール袋の持ち手をグルグル巻き

言葉で説明が難しいんだけど、わかるかなぁ?
ビニール袋に持ち手が2つあるじゃん。
それをまとめてグルグルして、ひとまとめにして渡してくれる店が最近多くない?

あれ、なんとなく嫌いなのよね。

別にキレるようなレベルのことじゃないし、
店員さんだって親切心からやってくれているんだろうからいいんだけどさ、
できることなら、フツーに"入れたままの状態"で渡して欲しいな、、 っと。


おいらね、持ち手がグチャグチャしてるのとか、あんまり好きじゃないの。
他にもさ、ショルダーバッグのストラップがねじれてる人とか、すげえ気になるの。
リュックのベルトとかがねじれている人なんかも、直してあげたくなるの。

あ? 誰だよ、精神病院行けとか言ってるヤツは!(笑

でもさ、ちょっと重めの物を買ったときなんて、
グルグルされると持ち手が細くなって、指に食い込んで痛くね?


まあ、それより高校〜大学とコンビニバイトマスターだったおいらとしては、
レジで要領の悪い店員のほうがイライラするなぁ。。
缶コーヒー1本買うだけなんだから、2秒で済ませて欲しい。



2:電車でゲーム
この前書いた「電車でマンガ」にも通じるとこがあるけど。

先に言っておくけどさ、マンガと同様で画一的に「ゲームすんなよ」って思いは無い。
ただ、満員電車なのに必死にやってたり、スーツのクセに没頭してたり、
電車を降りても歩きながらやっていたりと、そういうのを見ると哀れに思う。

仮にいい年したおっちゃんやおばさんがやっていても、
それが私服でどっかに遊びに行く途中だったりとかならいいと思う。
他にも座っていたり、空いていたりとかさ、そういう状況、環境ならね。

けど、TPOをわきまえていないというか、他人に自分がどう映るのか想像できない、
そういう"自分の姿に無頓着"って人、どうなんだかな… と思うのよね。
"恥じらいの心"が無い人って、男でも女でも色気が無いと思うんだ。


で、こっちに実害がなけりゃあ構わないけど、大抵そういう人ってのは、
 -降りる人がいるのに邪魔になってて、どこうともしなかったり
 -ボタンをカチカチと超連打してて、激しく耳障りだったり
 -混んできているのに、奥に詰めようともしなかったり
ってな感じで視野が狭くてウザくて仕方ない。

そういや、痛いニュースにも載ってたじゃんか。
・「電車内でゲーム」 許せる?許せない?
 http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1097474.html


しっかし"電車"ってのは、ストレスの宝庫だよね。
・車内に轟くデカい声でベラベラしゃべるヤツ。少しは耳掃除しろよ。
・くっさい香水を全身に浴びまくっているヤツ。少しは鼻をかめよ。
・座ったとたんパタパタと特殊メイクを始めるヤツ。変わらねえから諦めろよ。


ホントね、頼むから電車では""になろうぜ。



3:利便性と命
長くなるから、またあとで。。
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